レポート:アートエバンジェリスト 橘高 あや

突然ですが、今年はどんな初夢を見ましたか?
初夢に出てくると吉とされるものとして、江戸時代には順に「一富士、二鷹、三茄子」といわれていました。さらに古くから初夢に出てくると縁起が良いとされてきたのが、七福神が乗り込んだ「宝船」です。
縁起の良い初夢を見るために、宝船の絵を枕の下に入れて眠り、悪い夢を見てしまった時はその絵を川に流すことで縁起直しをする、という風習が室町時代から行われていました。江戸時代には「お宝ぁ〜!お宝ぁ〜!」と声を張り上げながら宝船の絵を売り歩く『お宝売り』がいたのだそう。また、広重、豊国、国貞といった浮世絵の大御所たちも、縁起の良い七福神の乗った宝船を多く描いています。日本の絵画史において、宝船に乗った七福神は馴染みのあるモチーフでもあるわけです。

さて、今年で3回目となるアートエバンジェリスト協会の新春七福神巡り。街に残る歴史の断片に触れながら、七福神を祀る寺社を巡ります。
今回は、お江戸下町・庶民の街として親しまれる深川が舞台です。
江戸時代の初期より新興の埋立地として開発が進められ、深川八幡宮(現在の富岡八幡宮)の参拝客や岡場所目当ての客で賑わう街でした。
深川の七福神を祀る寺社はいずれも江戸時代に創建されたもので、周辺には江戸の歴史文化を語る上で欠かすことのできない人物の遺跡が数多く残されています。

昨年に引き続き、案内役は江戸風俗研究家の藤浦正行先生。
森下駅7番出口に集合し、藤浦先生から深川七福神について解説をいただいて歩き始めました。

藤浦先生のお話を聞いて七福神巡りスタート

藤浦先生のお話を聞いて七福神巡りスタート

深川神明宮(寿老神)

まずは深川発祥の地とされる深川神明宮を参拝。
深川神明宮は、深川を開拓し地名の所以となった深川八郎右衛門が自宅敷地内に伊勢の皇大神宮(伊勢神社内宮)を祀ったのが始まりとされています。創建が慶長元年(1596年)という、深川で最も古い神社です。この境内に、「延命長寿」を司る寿老神を祀る寿老神社があります。

深川神明宮は深川発祥の地。色紙に寿老神の印をいただきました。

深川神明宮は深川発祥の地。色紙に寿老神の印をいただきました。

変わりゆく街を見つめてきた萬年橋

賑わう深川神明宮を後にし、隅田川の方向へ歩みを進めます。

途中、深川めしの老舗「みや古(みやこ)」の側を通りました。深川めしにはアサリをご飯に炊き込むタイプと、アサリの味噌汁をご飯にかけて食べるタイプがあるそうで、前者の店の筆頭が「みや古」、後者の筆頭が富岡八幡宮境内にある「深川宿」というお店なのだそう。
こうした地元の美味しいお店に出会えるのも、七福神巡りの楽しみの一つですね。

さて、隅田川にぶつかる前に左に折れて、小名木川にかかる萬年橋を渡ります。

小名木川から隅田川に繋がる河口付近に架けられた萬年橋

小名木川から隅田川に繋がる河口付近に架けられた萬年橋

葛飾北斎の富嶽三十六景《深川万年橋下》に描かれているのが、この萬年橋です。

葛飾北斎 富嶽三十六景《深川万年橋下》(天保2〜4年頃刊行)

葛飾北斎 富嶽三十六景《深川万年橋下》(天保2〜4年頃刊行)

歌川広重も、橋の上に置かれた手桶に吊るされた亀の目線、という実に面白い構図で萬年橋から見える景色を描いています。

歌川広重 名所江戸百景《深川万年橋》(安政4年刊行)

歌川広重 名所江戸百景《深川万年橋》(安政4年刊行)

吉良邸を後にした赤穂義士たちが品川の泉岳寺へ向かう途中、この萬年橋を渡って永代橋の方へ歩いて行ったのだとか。近くには俳聖・松尾芭蕉の庵もあったそう。
江戸時代から現在にかけて、橋はもちろん架け替えられ、橋の上から見る景色も様変わりしていますが、藤浦先生の解説のおかげで往時に想いを馳せることができました。

深川稲荷神社(布袋尊)から、龍光院(毘沙門天)、円珠院(大黒天)、心行寺(福禄寿)

萬年橋を渡って小名木川沿いを少し歩き、船大工の町だったこの一帯を守ってきた深川稲荷神社に到着。稲荷なので主祭神は稲作の神様である宇賀魂命。七福神は「清廉度量」を司る布袋尊が祀られています。
地元の町会が管理運営しているとのことで、町内の方々が法被を着て参拝客をもてなす姿が印象的でした。

神社が町の人々の絆を繋ぐ役割を果たしている、小さいながら温かい神社でした。

神社が町の人々の絆を繋ぐ役割を果たしている、小さいながら温かい神社でした。

お次は深川江戸資料館の前を通って毘沙門天の祀られる龍光院へ。
龍光院は浄土宗雲光院の塔頭寺院。毘沙門天は「勇気授福」の神様です。

お寺に神様がいるのは毘沙門天が「仏教の守護神」とされたから。

お寺に神様がいるのは毘沙門天が「仏教の守護神」とされたから。

続いて「有福蓄財」の福徳を授けてくれる大黒天が祀られる円珠院へ。
日蓮宗の寺院である円珠院には、享保五年(1720年)の銘がある《大黒天画像》があり、創建当初から「深川の大黒天」として親しまれてきました。

大黒天もインド出身の仏教守護神として寺院に祀られています。

大黒天もインド出身の仏教守護神として寺院に祀られています。

途中、江戸幕府四代将軍家綱公の乳母三沢局が眠る日蓮宗の寺院・浄心寺や、『南総里見八犬伝』の作者として知られる滝沢馬琴生誕の地などに立ち寄りながら、福禄寿が待つ心行寺を目指します。

馬琴生誕の地にはうず高く積まれた読本の像が。

馬琴生誕の地にはうず高く積まれた読本の像が。

馬琴生誕の地にはうず高く積まれた読本の像が。

浄土宗のお寺である心行寺の六角堂に祀られているのは、「人望福徳」の福禄寿。長寿と円満な人格を人々に授けてくれます。

心行寺の福禄寿像の持つ宝珠に触れると高い人徳が備わるのだとか

心行寺の福禄寿像の持つ宝珠に触れると高い人徳が備わるのだとか

深川閻魔堂

心行寺のお隣、真言宗豊山派の法乗院に寄り道。こちらには日本最大の閻魔像を安置する深川閻魔堂があります。閻魔さまの像の前には、「家内安全」「受験合格」から「浮気封じ」「いじめ避け」などなど細かくお願い事別にお賽銭箱が用意されており、お賽銭を入れると閻魔さまから説法をいただくことができます。

私が閻魔さまからいただいた説法は「素直な気持ちで信心することが大事である」

私が閻魔さまからいただいた説法は「素直な気持ちで信心することが大事である」

冬木弁天堂(弁財天)と富岡八幡宮(恵比寿尊)

冬木弁天堂は、もとは冬木町の地名の由来にもなっている木場の材木豪商、冬木弥平次の邸宅内に安置されていました。冬木弥平次は画家・尾形光琳の江戸での生活を支援した人物です。光琳が弥平次の妻のために小袖に直筆で秋草を描いたものが、上野の東京国立博物館に保存されています。
ここでは七福神の紅一点、「芸道富有」の神・弁財天をお祀りしています。

弁財天は元はインド出身の河の神。川の流れる音が音楽と結びついて芸術の神になったそう。

弁財天は元はインド出身の河の神。川の流れる音が音楽と結びついて芸術の神になったそう。

次はいよいよゴール地点、「愛嬌富財」の神・恵比寿神を祀る富岡八幡宮へ。
富岡八幡宮は寛永四年(1627年)に、当時永代島と呼ばれていたこの地に創建された江戸最大の八幡宮。横綱力士碑や伊能忠敬の日本一周完成記念碑など、境内には数々の碑があります。

富岡八幡宮境内の西側にある恵比寿宮に参拝

富岡八幡宮境内の西側にある恵比寿宮に参拝

年の初めに自分を見つめ直す小旅行

改まった気持ちで神様に向かって伝えるお願い事には、「今自分は何を大事にしたいのか」が映し出されています。歩き終えて、御朱印をコンプリートした達成感と心地よい疲れを感じながら、今年も頑張ろうと気持ちを新たにいたしました。

七福神を巡って歩く参拝者には、元気なご年配者のグループ、ご夫婦やカップル、小さな子供づれの家族など、様々な姿がありました。
一緒に歩けば絆も深まる七福神巡り。来年はご家族やご友人と一緒に歩いてみてはいかがでしょう。

深川七福神では正月元日から15日まで「色紙」と「鈴・笹」の授与があります。

深川七福神では正月元日から15日まで「色紙」と「鈴・笹」の授与があります。

アートエバンジェリスト:橘高 あや
千葉県在住。日本女子大学文学部日本文学科卒。
美術検定2級。得意分野は浮世絵と宗教画。
絵画から物語を読み解くことが好き。
アートは心を、人生を豊かにしてくれます。アートを楽しむ最も大事なポイントは、さまざまな価値観や発想があることを受け入れることだと思います。これができると、自分にも人にも優しくなれる気がしませんか。

AE-Salonより
「2018年度AE協会カンファレンス」のお知らせ

アートエバンジェリスト橘高あやさん

本年2月2日(土)に2018年度アートエバンジェリスト協会カンファレンスを開催します。今回のテーマは「アートを伝え続けること」。
本レポートを寄稿して頂いたアートエバンジェリスト橘高 あやさんをはじめ、2018年度多方面でご活躍されたアートエバンジェリストの方の活動報告もございます。美術鑑賞やアートスポット巡りが好きな方、アートを伝えることにご興味のある方、どなたでもご参加できます。ご興味のある方は、この機会にぜひ、ご参加ください!

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