Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Higuchi Masaharu

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Higuchi Masaharu

映像作家として国際的に評価の高いフィオナ・タンの個展がIZU PHOTO MUSEUM で開催されています。そのプレス内覧会に、AE の柿沼と伊藤が参加してまいりましたのでご報告いたします。富士山をモチーフとした新作のインスタレーション《Ascent》を中心にした展示について、各々の視点でレポートいたします。

Fiona Tan との出会い

アートエバンジェリスト 柿沼幸恵

IZU PHOTO MUSEUM で開催されている、Fiona Tan の新作《Ascent》のプレスプレビューに参加してきました。

中国系の父とオーストラリア人の母のもとに、インドネシアで生まれたタンは幼少期をオーストラリアで過ごし、その後、アムステルダムのヘリット・リートフェルト・アカデミー、ライクス・アカデミーで学び、現在はドイツのカッセル美術大学で教授を務めています。
映像作家として国際的に評価の高い彼女は、2001 年の横浜トリエンナーレ、2002 年のドクメンタ11 など多くの国際展に参加し、2009 年のヴェネツィア・ビエンナーレではオランダ館の代表作家となりました。
近年日本国内においても、金沢21 世紀美術館(2013 年)、東京都写真美術館、国立国際美術館(2014-2015 年)と3度の大規模な個展を開催しています。
そして今回、IZU PHOTO MUSEUM での個展は、富士山をモチーフとした新作《Ascent》を中心に構成されています。

Ascent は長編映像と写真インスタレーションの2部で構成されています。
Ascent とは「上昇」という意味だそうです。
富士山を被写体とした写真を一般から公募し、約4000 枚の写真とIZU PHOTO MUSEUM のコレクションを併せて映像は制作されました。
彼女は富士山の写真を公募してから、富士山についてリサーチを始めたそうです。調べていくうちに、日本人にとって富士山がいかに大きな意味を持つのかがわかり、その大き過ぎる存在から、先にそれを知っていたら題材として選ばなかったかもしれないと笑顔で話していました。
他国の文化を深く理解し、尊重する姿勢が感じられ、素敵な笑顔も相まって一瞬でファンになってしまいました(^^)

長編映像は、77 分間の作品で、死をテーマに深い悲しみを表すフィクションが、日本の昔話や戦争時代、現代を織り交ぜてジグザグに進んで行きます。
解説には、次のように述べられていました。
「そこに描き出される世界は、『雲がときに富士山の姿をその合間から現したり、また時にその姿を覆い隠したりするように、数千ものイメージが雲のように山を取り巻く』世界であるとタン自身が語るように、ものごとの可視性/不可視性やその距離感について深い思索へと導きます。」
う~ん、私にはちょっと難しいぞ…と思ったのですが、実際映像を見ていると、人々の記憶や思い、そして歴史が富士山を取り囲んでいることを感じました。
一般から公募したたくさんの写真を使ったことで、いろいろな時代のいろいろな記憶から富士山が描き出されていく。でも、たくさんのピースが集まって富士山を作り出すことで、それぞれの記憶や思いが集まり、より複雑になって雲がかっていくような感じ…。
なんというか、見えていくようで、隠れてしまうような感覚を覚えました。
普段あまり感じない感覚で、不思議な面白さを体感しました。
そして、映像の後に写真の展示をみると、これらの写真からイメージを膨らまし、映像化する彼女の才能に改めて驚かされました。

深く考えこむもよし、映像を楽しむもよし、お気に入りの写真を探すもよし、才能あるアーティストの作品を満喫するもよし、楽しみ方はたくさんあります。
IZU PHOTO MUSEUM はクレマチスの丘にあり、他にもベルナール・ビュフェ美術館やヴァンジ彫刻庭園美術館もあります。緑豊かでゆっくりできる場所なので、この機会にちょっと遠出して是非訪れてみてください。

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Unknown (Collection of Izu Photo Museum Collection)

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Unknown (Collection of Izu Photo Museum Collection)

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Unknown (Collection of Izu Photo Museum Collection)

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Unknown (Collection of Izu Photo Museum Collection)

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: mitsuru AsakurA

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: mitsuru AsakurA

クレマチスの丘から富士山に登る

アートエバンジェリスト 伊藤絢

実を言うと私はインスタレーションというものがどうも苦手なのです。作品の世界観に入り込めず、拒絶されたような気持ちになって、自分が力不足なんじゃないかと悲しくなることが往々にして起こるからです。今回も観る前から身構えてしまっていたのですが、モチーフが富士山という日本人にとって身近な存在であることと、アーティストの見事な手腕によってバッチリ作品に入り込むことができました。

「山中異界」という言葉があります。山の中は、この世ならざるもの、神霊や祖霊が居る場所で、不思議なことが起こる特別な場所であるという考え方です。山の中で鬼や天狗といった異形のものや神の存在に近いもの、亡くなった人の魂などと出会うという内容の説話・民話は日本各地に見られます(昔話の『瘤取り爺さん』や『竹取物語』等)。
日本最古の神社は、奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社と言われていますが、この神社のご神体は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が鎮まる三輪山という山そのもの。山に対して畏敬の念を抱くという精神性は我々のDNA に古くから刻み込まれたものなのでしょう。
富士山にご鎮座されているのは、本作中にも名前が出てくる木花咲耶姫(このはなさくやひめ)という女神。天照大神の孫で天界高天原から下界高千穂峯に降った瓊瓊杵命(ににぎのみこと)の妻です。大変見目麗しい神様ですが、懐妊した際に「子供ができるのが早すぎる」と瓊瓊杵命から貞操を疑われたことに怒り、火を放った産小屋の中で出産し「無事に生まれたのはあなたの子である証です」と身の潔白を証明して見せたという、激しい一面も。無事に3人の皇子を出産したことから安産や家庭円満、水徳の神とされています。また、お姉さんである磐長姫(いわながひめ)と一緒にお嫁にいったところ、瓊瓊杵命は「見た目が美しくない」という理由で磐長姫だけ帰してしまったのですが(つくづく瓊瓊杵命って人間臭いというか何というか)、実は磐長姫は「岩のごとく永い命」をもた
らす神であったのに対し木花咲耶姫は「木や花のごとく儚い命」をもたらす神であったため、瓊瓊杵命の子孫である(とされていた)天皇の寿命は神ほど長くはないのです、というお話があります。そう、富士山にまします神様は、有限の命の象徴でもあるのです。

富士山を語ろうとすると、やはり人間の生死に話が及んでしまいます。本作にもメメント・モリ(汝死を思え)の匂いが立ち込めています。作中「悲しみが忘却を許さない」という言葉が出てきますが、しかし死に対する彼女の眼差しはあくまで冷静です。過去を切り取った写真。「ここにいたという証拠」として「撮られるために撮られた」写真。その写真によって思い起こされる記憶、思想。淡々と言葉を紡ぐボイスオーバーは生者と死者の世界を行き来します。

ご神体である山に登って参拝することを『登拝』と言いますが、今回のフィオナ・タンの作品《Ascent》は思考による富士山登拝といった趣があります。静かな口調で語られるボイスオーバーを聞きながら数千ものイメージを見つめていると、日常を離れ、思考の樹海に入り込み、足場を求めてジグザグによじ登っているうちに、自分自身と向き合わざるをえなくなる。そして、観終わった後は、御簾が風に煽られて尊いものが一瞬姿を現したような、でもまたすぐ見えなくなってしまったような、何とも不思議な感覚に陥りました。
まだまだ暑い季節、日常を忘れて初めから最後までじっくり鑑賞していただき、涼しい館内で富士山登拝を経験していただきたいと思います。

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Yamanashi Prefecture

Ascent (2016), Fiona Tan, still Photo: Yamanashi Prefecture

Fiona Tan
Ascent

会 場:IZU PHOTO MUSEUM
静岡県長泉町東野クレマチスの丘347-1
開催期間:2016 年7 月18 日(月・祝)~10 月18 日(火)
開館時間:7・8 月 10:00~18:00
9・10 月 10:00~17:00
休館日 :水曜日
《Ascent》上映時間 10:15/11:45/13:15/14:45/※16:15(7・8 月のみ)
入館料 :大人800 円、高・大学生400 円、中学生以下無料